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木村友衛 / 浪花節だよ人生は   1981/06/21発売

2代目 木村 友衛(1940年7月17日 - )は日本の歌手である。本名は中里 このえ。
1966年(昭和41年)、NHKの歌手オーディションに合格し歌手デビュー。1975年(昭和50年)、2代目木村友衛を襲名。
1981年(昭和56年)、作詞家藤田まさとに勧められて発売した「浪花節だよ人生は」が、1984年(昭和59年)頃になって大ヒットする。この曲は50万枚を越す大ヒットとなり、数々の賞を受賞した。

木村友衛 / 浪花節だよ人生は 


■「浪花節だよ人生は」(なにわぶしだよじんせいは)日本の演歌、ポピュラー歌謡のヒット曲。

作詞は藤田まさと、作曲は四方章人、小野由紀子が最初に歌い、その後二代目木村友衛細川たかし水前寺清子など多くの歌手の歌唱によって知られるようになった。

細川たかし / 浪花節だよ人生は


水前寺清子 / 浪花節だよ人生は


最初は1976年(昭和51年)に小野由紀子の歌唱によりシングルのB面曲として発表された。その後この曲の歌詞を自分の人生の引き写しのように感じたという木村友衛が藤田に直訴して1981年(昭和56年)に歌い始めると、地道なキャンペーンの努力が実り徐々に人気を獲得するようになった。これを受けて歌手16人、レコード会社13社による競作としてレコードが制作され、1984年(昭和59年)にその人気は最高潮に達した。同年の第35回NHK紅白歌合戦では水前寺清子細川たかしによる同曲対決が行われ、第26回日本レコード大賞では細川が最優秀歌唱賞を、木村が特別賞を受賞した。多くのカヴァーが存在し、台湾をはじめとする中国語圏でも親しまれている。

テレサ・テン / 浪花節だよ人生は


大月みやこ / 浪花節だよ人生は


中村美律子 / 浪花節だよ人生は


■初代 木村 友衛(1900年9月6日 - 1977年11月5日)は浪曲師である。本名は高木 民蔵。

幼少の頃から芸事が好きで、11歳の時に寄席・横浜寿亭の木村重友を生で見て感銘を受ける。そこで一席即興で浪曲を披露した所、重友に気に入られ弟子となり友衛の名を貰う。3日後には初舞台を踏む。スピード出生に3ヵ月後には寄席を3軒掛け持ちするほど人気を得た。得意ネタは「塩原多助」など。

1940年、日本浪曲協会の初代会長。後に勲四等瑞宝章受章。

弟子に木村若友ほか。
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