2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
田原俊彦 / 哀愁でいと     1980/06/21発売

作詞・作曲:Andrew Joseph DiTaranto・Guy Hemric/日本版詞:小林和子/編曲:飛澤宏元

田原俊彦 / 哀愁でいと(NEW YORK CITY NIGHTS)
哀愁でいと

オリジナルはアメリカの俳優/歌手 レイフ・ギャレット(Leif Garrett)の1978年のアルバム『プリンスの週末(Feel The Need)』に収録された"NEW YORK CITY NIGHTS"。

日本では当初、アルバムからのセカンドシングル「フィール・ザ・ニード」のB面として1979年6月にシングル発売された後、AB面を逆にして再びプロモーションされ、オリコンで最高76位を記録。1980年11月には「哀愁でいと」のヒットを受けてシングルが再発売され、オリコン最高56位まで上昇した。

デビューに際して、NAVの制作ディレクター・羽島亨のもと約10曲のオリジナル曲が制作されたが、結果的にこのカヴァー曲が採用された。なお、この1980年にキャニオン・レコードはレイフ・ギャレットが所属していたレーベル「スコッティ・ブラザーズ (Scotti Brothers Records)」の発売権を獲得している。

初回プレス盤は「TOSHI」のロゴが入った特製レコード袋が使用された。また、店舗によっては特典として田原のメッセージを録音した名刺大のソノシートが封入された。

オリコンでは発売2週目から5週連続の2位が最高だったが、初登場から14週連続で10位以内に登場。推定売上は自身唯一となる70万枚以上を記録し、デビュー曲ながらも最大のヒット曲となった。また、TBS系で放映された『ザ・ベストテン』ではデビュー曲ながらいきなり第1位を獲得。発売から2ヵ月後の8月4週から3週連続で獲得した。

B面の「君に贈る言葉 (アフター・スクール)」は、後に発売されたファーストアルバム『田原俊彦』収録曲「アフター・スクール」をBGMに、女声コーラスをバックにしてたのきんトリオ(田原・近藤真彦・野村義男)の3人による台詞の掛け合いで構成された曲(ただし冒頭及び曲の終わり際のみ、歌のパートがある)。因みに近藤・野村はまだ共に、正式にレコードデビューをする前であった。

テレビの歌番組ではバックダンサーのジャPAニーズとともに出演。ジャPAニーズとの出演は中断を挟んで1982年のシングル「君に薔薇薔薇…という感じ」まで続いた。

哀愁でいと(NEW YORK CITY NIGHTS)

作詞・作曲:Andrew Joseph DiTaranto / Guy Hemric
日本版詞:小林和子
編曲:飛澤宏元

赤い薔薇投げ捨て
それで終わりにしようぜ
はしゃぎ過ぎたあと しらけちまう
火遊びみたいに抱き合って
死ねるならいいね
その日だけの恋ならば
やさしさも無いほうがマシさ
I say Bye-Bye 哀愁でいと あざやかな
Bye-Bye 哀愁でいと 笑顔みせてよ
Bye-Bye 哀愁でいと 醒めすぎた罪な奴

誰かに誘われ
君が乗り込む Yellow GT
"愛してる"なんて疲れちまう
左であばよとドアに描き
思いきり殴る
その日だけのセンセーション
心まで奪われたのさ
I say Bye-Bye 哀愁でいと あざやかに
Bye-Bye 哀愁でいと 恋を演じる
Bye-Bye 哀愁でいと 醒めすぎた罪な奴

Bye-Bye 哀愁でいと 駆け抜けた
Bye-Bye 哀愁でいと 赤い稲妻
Bye-Bye 哀愁でいと もう二度と……
関連記事
スポンサーサイト
コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿する
URL:
コメント:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
http://goldenage1980.blog.fc2.com/tb.php/256-fadd1b3d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。